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福助☆参上

福助菊をご存知でしょうか?

どうして、こんな名前の菊になったのか?先ずは、そこから話を進めたいと思います。

「福助」の名前の由来はいくつかありますが、江戸時代にいた人物がモデルとなっているそうです。

その人物は大人に成長した時、身長が2尺(約60㎝ほど)と低く、大きな頭をしておりました。

その人物は店の番頭として懸命に働きました。手には扇子を持ち裃姿でお客様に真心で接し、周りの人々にも感謝の心を忘れずにおりました。そのおかげでお店はとても繫盛しました。裃姿は江戸時代の武士が着用した礼服です。

お客様に礼を尽くす心意気、「お客様に身分の上下があろうとも、その様な事は関係なくお店に招き入れますよ」と言うアピールをしたのです。このお店が繫盛したのは、この様な幸福を呼び込んだ人物のおかげだと言われ、いつしかその人物は「福助」と呼ばれるようになりました。また、その噂を聞いた京都の人形店が、頭が大きくて背が低く、裃を着用し扇子を持った人形を「福助人形・商売繫盛・幸福招来の置き物」として売り出すと、縁起の良い、福助人形は日本各地に広がったと伝えられています。

このように「福助」と言う名は縁起の良い名前なのです。福助菊は丈を大きく育てずに大輪の花を咲かせるのが醍醐味といえます。姿かたちだけではなく、縁起も良いのです。福助菊の命名はここから来ているのですね。

 

左側、浮世絵師の歌川芳藤さん(1828年-1887年)が描かれた福助七福有卦絵(うけえ)です。「有卦に入る」と言う言葉がありますが、有卦とは江戸時代に流行した陰陽道からの考えで、有卦期に入ると幸運が7年続くといわれています。

有卦絵は縁起の良いものを絵の中に忍ばせて描かれています。絵をよ~く見てください。眉毛は筆、目はフグ、口はフサ・耳は袋、頭には風呂敷、髪は分銅、手と扇は文、羽織には富士山。ふが付く縁起物が描かれているんです。この絵は江戸時代から福徳招来の縁起の良い絵として知られています。

福助に、ちなんだものを探してみるのも楽しそうですね。

2021年7月18日、地域で菊作りの講師等をしておられる山下さんから福助菊150鉢が届けられました。

枚方菊フェスティバルに向けて岡本町・堤町・三矢町・上之町・蔵之谷の自治会がそれぞれ福助菊の栽培に参加されています。

3号の紙カップ(これが自然に土に還る優れもの!)に植えてある福助の苗は、高さが未だ3センチ程ですが、5月頃に新芽から挿し芽をして、ここまで育てるのは温度・湿度管理と水やりが非常に難しいそうです。梅雨時の高温多湿で根腐れが起こりやすく、小さな芽は溶けてしまうこともあるそうです。高温多湿が苦手な福助菊。山下さんによって育てられた福助菊はとても色がよく、元気です。こまめに福助菊に目をやり、手をかけ育てられたことが伺えます。

福助菊用の土は赤玉土と,たっぷりの腐葉土等がミックスされたもので、とても軽く水はけもよく、肥沃な土です。

福助菊には栄養分たっぷりの土が用意されていました。

2021年7月21日

暑い暑い夏の朝、福助菊を3号ポットから5号鉢へと植え替え。

以前、枚方菊フェスティバルに出展された事がある堤町の方々。西村さんと村田さんが手慣れた手付きで5号鉢の穴に鉢底アミを置き、鉢の1㎝まで土を入れると、3号紙エコポットの苗を鉢の中央に優しく置いていきます。

土は入れすぎない様に、中央に置いた3号紙エコポットの2㎝下まで入れればOKとのことでした。福助菊の栽培をされていた事がある、お二方の作業は丁寧で手早。1時間少しで福助菊は今までより、広くて栄養満点な鉢にお引っ越しです。

5号鉢に植え替え完了。

3号紙エコポットより土が2㎝下になっているのが、よくわかります。

これから福助菊はどんな風に育てられるのか楽しみですね。

真上からの福助菊です。【写真・上】防虫対策にオルトランを5号鉢のフチ側3ヶ所に分け、置いていきます。

オルトランは小さじ1杯分を3等分して福助菊に薬害が出ないようにできるだけ離れた、3ヶ所に分けて置くそうです。

また、この時一緒に菊専用乾燥肥料ペレット【写真・下】を小さじ2~3杯を3等分し、先に置いたオルトランと重ならないようにしながら、同じ様に3ヶ所に置いていきます。鉢の真ん中に3号紙エコポットに入ったままの福助菊。土が周りを囲み、オルトラン→菊専用乾燥肥料ペレット→オルトラン→菊専用乾燥肥料ペレット→オルトラン→菊専用乾燥肥料ペレットと場所を保って置かれているのがわかりますね。

 

風通しの良い場所に置き、たっぷりの水をやって完了。

水やりは、土の表面が乾いたら、また、たっぷりのお水をあげてくださいね。

福助菊は、大きな花が咲くのが楽しみです。